幸せとは、何だと思いますか?
幸せとは、一体何だと思いますか。お金をたくさん持っていて、何でも自由に好きなだけ買えることでしょうか。美味しいものを好きなだけ食べられることでしょうか。何の不自由もなく自分の思い通りに生きていくことでしょうか。世界中の人々が、すべてそんな暮らしができるのであれば、それは幸せかもしれません。しかし、誰が考えても無理な話です。それなのに人々は、お金や物を求めます。
何かを手にするには、何かを差し出さなければなりません。働いてお金をもらえるのは、労働力を提供したからです。働き以上のお金をもらい続けることはできません。それが自然の摂理です。ところが働きに見合うお金を払わない人が現れました。また他人の働きを自分のものにしてたくさんのお金を得る人や、力ずくで人のお金や財産を奪おうとする人も出てきました。いつの時代も、どこの国でも、力の強い人の考えや、多くの人々が支持する意見が正しいとされ、間違ったことも常識になってきました。こうして人間社会はピラミッド型(三角)になっていきました。そして人よりも上にあがって、お金や物や名誉を手にすることが目標になり、それを成し遂げることが幸せであると思うようになったのです。
喜怒哀楽が、幸せ不幸せではない
上をめざすために競争が起こり、世界中で勝ち負けが繰り返され、その結果を積み上げてきたのが、今の社会です。だから、喜びや楽しいことが幸せであり、哀しみや怒りの出来事が不幸せであると思っている人が、ほとんどではないでしょうか。しかし喜怒哀楽は一瞬の感情、一瞬の出来事なので、幸せや不幸せではありません。ところで、知識と知恵の違いは、何だと思いますか。目や耳などの五感を通して人間の中に取り込まれるのが知識。その知識を行動に変えるのが、知恵です。知恵は素晴らしいと思いがちですが、人間が楽をして得をすることに知恵が使われています。知恵で機械を発明して人は楽になりましたが、機械を動かすために石油・電気・ガスなどの燃料を使います。便利になるために、物をたくさんつくるために、自然を壊したことが幸せと言えるでしょうか。物に満たされることで喜ぶのではなく、わずかなもので大きな喜びを感じられるようになる心が必要だと思います。
機械が人の代わりに働いてくれることで、私たちは汗をかかなくなりました。これが、人々を幸せから遠ざけてしまっているのです。
人間社会は、三角より「まる」がいい
ピラミッド型の人間社会の中で、自分のことだけを考えていたのでは、決して幸せにはなれません。本来、私たち人間は、自然の一部なのです。自然の多くは、まる(円)です。スイカもミカンもまる。キュウリやニンジンは、切るとまるが出てきます。地球もまる、太陽もまる。惑星の軌道もまるです。まるには、上下がありません。上だと思っていても、進めば自然に下になる。
人間社会もまるがいいと思います。例えば会社なら、努力が報われて社長になったとしても、その地位に固執せず、再び現場に降りていく。まるで天高く昇った水が、雲になり、雨となって大地に注ぐように。人間は、自然を制することができません。
まるは、起点と終点があって形が存在するのに、円周や面積を決める円周率は、なぜか終わりがありません。地球の1回の自転が1日24時間、太陽の周りを一周する公転が1年365日ですが誤差が出るので、うるう年、うるう秒で調整が必要です。人間の都合に自然を合わせようとするから、無理が生じるのであって、それは人が自然を制することができないことを証明しています。自然の摂理に従うことが人間にとって大切なのです。
相手のために行動すれば幸せになる
私たちが平和に笑顔で暮らしていくには、自分以外のものを認め、尊重し、自然の摂理に素直に従うことが必要です。そして、自分のためだけではなく、人のためにも働かなければなりません。
一生懸命働けば、汗をかきます。汗を流して努力を続けると、最後に涙が出ます。水が植物や動物を育て、その野菜や肉を食べることで人の体が育ちます。人間に入った水が体を育み、汗や涙として人間から出ていく水が、人の心を育てるのです。
人のために行動することは、決して難しいことではありません。まずは身近な家族から始めてください。「休みだから寝ていたい」と思う夫と、「休みだから出かけたい」と思う妻の間では夫婦げんかが始まります。「休みはゆっくりさせてあげたい」と思う妻と、「休みだからどこか連れてってあげよう」と思う夫の間は、円満です。自分のことではなく、相手のことを考えて行動すれば、あなたは必ず幸せになります。
そして、おじいちゃん、おばあちゃん、おとうさん、おかあさんから授かった命とまるい心を、子どもや孫の世代へと受け継いでいくことが、自然の一員である人間の幸せだと思います。